東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10110号 判決
原告
吉松敏宏
被告
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右指定代理人
石川利夫
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告の本訴請求は、既に確定した別訴事件の判決に違法があるとして、被告国に対し国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求するものである。
1 そこで、まず、このような請求が許される要件につき検討する。
およそ裁判官の行う裁判が国家賠償法一条一項にいわゆる「公権力の行使」に該当するものであることは、一般論としては、首肯されるところであるが、民事裁判における当事者その他の上訴権者が当該民事裁判につきその判断の誤り又は手続の違法を理由として国家賠償を請求する場合は、裁判制度の本質及び現行法上の三審制度の趣旨にかんがみ重大な制約を受けるべきものであると解さざるを得ない。すなわち、現行の裁判所法及び民事訴訟法は、民事紛争の解決のため公権的判断を示す民事裁判についてその誤りのないことを期するため、三審制度を採用し、原審の判断又は審理手続に不服のある当事者その他の上訴権者は、自己に有利な判断を求めて上訴を提起することができると同時に、この上訴の手続によつてのみ不服の救済を求めることができるものとされている。したがつて、裁判が未確定の状態にある段階においては、当事者その他の上訴権者がその判断の誤り又は手続の違法を理由として国家賠償を請求することを許容する余地はないといわざるを得ない。
また、民事裁判、特に判決が上訴を経て、または上訴を経ないで確定をみた段階では、その判断は、最終的なものとして当該裁判所を覇束するとともに、当事者に対しても不可争訟的な効力を有するのであり、このような最終性及び確定性は、民事紛争の公権的解決を目的とする民事裁判の本質的要請により基礎づけられているものである。このことから、確定判決に対する不服は、民事訴訟法上、再審の手続によつてのみこれを解決すべきものとされているのであり、確定判決が存在する場合に、再審の手続によることなく、別訴で右確定判決の違法を前提とする主張を許すことは、国家が一方において適法として確定した判断につき、他方においてこれを違法として判断の内容の実質的な変更を認めるという矛盾を承認することになり、法秩序全体の観点から見ても、後述の特段の事情のない限り、是認することができないというべきである。
したがつて、判決が民事訴訟法の規定する手続を経て確定した場合には、原則として担当裁判官の審理手続及び判断には違法がないものと解すべきであり、当該確定判決の当事者その他の上訴権者が右違法を主張して国家賠償の請求をするためには、まず再審の手続により右確定判決自体を取り消すことを要するのであつて、再審による取消しを経ないで直ちに確定判決の違法を主張して国家賠償を請求することは、たとえば担当裁判官が著しい事実誤認又は法令の曲解により悪意をもつて判断を誤り、かつ、当事者の故意又は過失によらずして上訴又は再審の申立てをすることができなかつた場合のように、その違法の故に国家賠償の方法によつて当事者等を救済しなければ著しく正義に反するという特段の事情がある場合のほかは許されないと解すべきである。
2 これを本件について見るに、別訴事件の各判決が上告期間の経過により確定したことは、当事者間に争いがないところ、右確定判決が再審手続により取り消されたとの主張立証はなく、更に、〈証拠〉によれば、原告が本訴請求において国家賠償法上の違法事由として主張するところは、いずれも別訴事件における原告の主張と同趣旨のものであつて、別訴事件における争点として担当各裁判官によつて既に判断が尽くされたものであることが明らかである。原告は、右のほかに、再審の手続を経ることなく確定判決の違法を主張することを許すべき前記のような特段の事情の存在を主張しておらず、また本件全証拠によるも右の特段の事情を認めることもできない。したがつて、別訴事件の右確定判決につき違法があるとして国家賠償を求める原告の請求は、右の点で既に失当たるを免れないものといわなければならない。
二よつて、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅弘人 慶田康男 杉原則彦)